2つの命と希望をつなぐ妊娠期乳がん治療

医療者はどのような方策を講じるべきか

 聖路加国際病院(東京都)では約15年前から妊娠期乳がんに対する取り組みを行っており、妊娠期乳がん患者数は2005〜17年で計91例。最近では胃がん、悪性リンパ腫、腎がん、子宮頸がん、卵巣がんの妊娠期患者が訪れるようになったという。妊娠とがんを合併した場合、医療者はどのような方策を講じるべきか。妊娠期がん患者の治療に当たる同院腫瘍内科の北野敦子氏は、第16回日本臨床腫瘍学会(JSMO 2018、7月19~21日)で妊娠期乳がん治療を中心に解説した。

胎児への影響を最小限にとどめながら治療をできる時代に

 日本人女性の晩産化が進み、今や「出産は30歳代」が主流だ。母体年齢35歳以上の出生児の割合が約27%と、3人に1人が高齢出産の母親から誕生している。この年代の日本人女性に好発するがんの1つである乳がんは、30歳代後半から発症頻度が増加、48歳でピークとなる。海外の報告では、3,000妊婦に1人の頻度で妊娠期合併乳がん患者が存在すると推計されている。特に、高齢の妊娠期がん患者の場合、”次の妊娠”に望みをつなぐのは難しいため、意思決定を含めて非常に悩ましい状況に置かれる。

 妊娠期のがんに対して、かつてはがん治療の腫瘍学的安全性および周産期学的安全性が不確かなことから、主に人工妊娠中絶が選択されてきた。しかし近年、妊娠週数やがんの進行度などを考慮すれば、胎児への影響を最小限にとどめながら薬物療法・外科治療を実施できることが分かってきた。また、在胎時に母親ががん治療を受けた児の奇形合併率や身体的・精神的発育の程度は、健康な母親から生まれた児と変わらないとの報告が蓄積されつつある。

 とはいえ、妊娠期のがんについては、妊娠経過とがん治療がトレードオフの関係にある。北野氏は、妊娠期がんの治療の原則は「母体への最適ながん治療を行いつつ、胎児への影響を最小限にすること」だという。母体のがん治療においては、悪性度に応じた最適ながん治療を行い母体の安全性を担保する。一方、胎児の周産期管理においては、正期産(妊娠37週以降)での分娩を目指し、適応のない帝王切開を回避する。さらに分娩後は、新生児の発育のため初乳の摂取も重要となる。「母体と胎児の管理はバランスが重要。そのためには、職域や診療科を超えたチーム医療が必要。外科医、腫瘍内科医、産婦人科医、小児科医といった医師だけでなく、薬剤師、看護師、助産師といった多職種が、職域や診療科を超えたチーム医療を実践することがとても重要だ」と述べた。

妊娠中の薬物療法、12週1日以降であれば必要に応じて実施可能

 妊娠中の母体への薬物治療に際しては、胎児の器官形成期に配慮して開始時期を考慮する必要がある。一般的に、妊娠初期(受精から2週までのall or noneの時期、3〜7週の絶対過敏期、口蓋や外性器が形成される8〜12週)は薬物療法を行わないのが原則だ。北野氏は「妊娠12週1日以降であれば、必要に応じて薬物療法の実施は可能」と述べ、妊娠期のがん薬物療法管理の概略を示した(図1)。

図1.妊娠中にがん薬物療法が必要となった場合のマネージメント

Best Pract Res Clin Obstet Gynaecol 2016; 33: 86-101)

 妊娠中の乳がん診療においては、超音波検査が最も簡便かつ安全に行える。また、胎児への被曝量が少ないマンモグラフィや、局所の針生検も実施可能だ。一方、全身の検査には一定の制約がある。造影CTはヨード造影剤の使用や被曝量の問題から推奨されない。ガドリニウム系造影剤は胎盤移行があるため、造影MRIは必要時のみとされている。 手術については、早産リスクとの兼ね合いから妊娠中期の実施が望ましい。ただし、緊急を要する場合はいずれの時期でも実施は可能だ。

妊娠期乳がん化学療法はアントラサイクリン系薬が第一選択

 通常、乳がんの周術期化学療法の適応は腫瘍径、リンパ節転移、核グレードなどを用いて総合的に判断する。また、ホルモン感受性およびHER2発現の有無によって異なるが、標準治療薬はアントラサイクリン系または/およびタキサン系となっている。北野氏は、妊娠期乳がん治療において使用可能な薬剤について論じた。

 アントラサイクリン系薬では一定の割合で先天奇形が報告されるものの、同薬との明確な因果関係は示されていない。そのため、妊娠中でも投与可能である。同薬では心毒性が懸念されるが、在胎時に同薬による曝露を受けた児と健康妊婦から生まれた児の心機能を比較した検討によると、両群に差異はないとの報告がある(N Engl J Med 2015; 373: 1824-1834)。「とはいえ、長期の追跡結果ではないため、データの蓄積が必要だ」と同氏は述べた。

 タキサン系薬については先天奇形の報告は少なく、明らかな因果関係はないとされている。しかし、妊娠期乳がん1,170例における20年の経過観察研究結果によると、タキサン系薬剤では在胎不当過小児リスク、新生児の新生児集中治療室(NICU)入室リスクが高い傾向にある(Lancet Oncol 2018; 19: 337-346)。したがって、妊娠期乳がん化学療法の第一選択はアントラサイクリン系薬剤であり、タキサン系薬剤は慎重に判断する必要があるとした。

抗HER2薬は原則禁忌

 HER2陽性乳がんのキードラッグであるトラスツズマブ、ペルツズマブについてはどうだろうか。トラスツズマブの17試験のシステマチックレビューおよびメタ解析の結果によると、妊娠期にトラスツズマブが投与された18例中11例(61%)に羊水過小症が認められた。また、ペルツズマブについてはマウス試験による前臨床データから、流産および胚・胎児死亡の増加が明らかに認められている。これらのことから、妊娠期の抗HER2薬使用は原則禁忌とされている。

 妊娠期転移性乳がんについては、原発性と同様に妊娠12週以降であれば化学療法の実施は可能だ。ただし、ホルモン療法、放射線療法は分娩後まで控えるべきとされている。アントラサイクリン系薬剤未治療例では、アントラサイクリン系薬剤アドリアマイシンとアルキル化薬シクロホスファミドによるAC療法が第一選択だが、アントラサイクリン系薬既治療例ではタキサン系薬剤が選択肢となる。

乳がんは授乳期が予後不良因子

 妊娠期がんと非妊娠期がんでは予後に違いがあるのだろうか。妊娠期、授乳期、非妊娠期のがんを比較したメタ解析の結果によると、乳がんについては授乳期であることが予後不良因子として抽出されたものの、その他のがんでは妊娠期であっても非妊娠期と予後は変わらないことが示唆されている。

 また、日本乳癌学会のデータベースから抽出された14万例の乳がん患者において、妊娠期・授乳期乳がん患者は1%存在する。非妊娠期と妊娠期・授乳期に2分して予後を比較すると、妊娠期・授乳期乳がん患者は非妊娠期乳がん患者に比べて予後不良であった(図2)。しかし、妊娠期と授乳期で分けると、授乳期乳がんの予後が悪く、妊娠期乳がんの予後は非妊娠期乳がんとほぼ同様であり、「”妊娠期乳がんの予後は悪い”というデータは示されていない」と北野氏は述べた。

図2.日本人の妊娠期・授乳期乳がんの生存率

(「厚生労働省 若年乳がん患者のサバイバーシップ支援プログラム 『若年乳がん』拓かれた若年乳がん診療を目指して」HPより)

最も重要なのは、妊娠継続についての意思決定

 妊娠期のがん治療、とりわけ予後不良の転移性がんにおいては、妊娠を継続するか否か、非常に悩ましい選択を迫られる。子供の誕生を願う気持ちや患者自身の死生観に大きく左右されるだけに、「最も重要なのが妊娠継続についての意思決定だ」と北野氏は強調する。患者を中心に、配偶者、家族といった人々が、病気に関する理解、治療リスクと胎児への合併症の理解、また、不幸にも亡くなった場合、母親不在での育児に関する理解などを共有しておくこと。さらに、生まれてくる子供の長期的な療育環境の整備は可能かといった、子供の福祉面からの判断も必要だ。「早期に状況を共有・理解した上でのshared decision makingが必要。われわれ医療者には、単なる情報共有にとどまらない継続的な支援をチームで実践していくことが求められる」と同氏は言う。

求められる妊娠期がんの包括的な診療体制構築

 さらに、北野氏は「妊娠期がんの診療体制や情報はいまだ充足しているとは言い難い」と指摘した。同氏らは、妊娠期がん全体の基盤構築を目指して研究チームを立ち上げた。診療基盤の確立、情報提供の充実、出生児の長期フォローアップを目指し、最優先課題である診療基盤の確立をに着手したという。

 国立がん研究センター中央病院、聖路加国際病院、国立成育医療センター妊娠と薬情報センターとの協力の下、同氏らは今年(2018年)5月、臓器横断的な妊娠期がんについて概説した日本初の書籍『妊娠期がん診療ガイドブック』を刊行した。

 また妊娠期乳がんに関しては、日本乳癌学会で班研究が進められている。「妊娠期乳がんの包括的診療体制構築に向けた研究」(研究代表者=聖路加国際病院乳腺外科・山内英子氏)では、妊娠期乳がん診療に関する実態調査、妊娠期乳がんの分娩転機や予後、妊娠期乳がん経験者の母子関係に関する研究、情報提供ツールとして患者向けパンフレットおよび妊娠期乳がん連携手帳を作成している。乳がんにとどまらず、全ての妊娠期がんの全例登録事業も進行中だ。

 北野氏は「妊娠中のがんについてはまだ認知が広がっておらず、対策が進んでいないのが現状。高齢出産が増える中、今後、妊娠中のがん患者に出会う機会は増加する。がん診療、周産期診療に関わる全ての人に、妊娠期がんの病態についてともに考え、対策を講じてもらいたい」と述べた。

(JSMO 2018取材班)

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